貫慧のひとりごとコーナー
profile
氏名 中村 貫慧(旧名:和憲) ■年齢 33歳
出身 福岡県北九州市小倉北区
経歴 大阪芸術大学 芸術学部 環境計画学科 卒業
      H6年4月 株式会社ランテック計画事務所
            (建設コンサルタント) 入社
      H12年4月 同社 副主任に昇格
      H13年11月 同社退社
      主な作品(デザイン・設計)
        U.S.J.メインエントランス横の公園
        (季刊"ランドスケープデザイン"No.26に掲載)
     
      H14年1月 得度(出家)
      H14年2月 度牒
      平成十五年度第一期信行道場 修了
資格 一級土木施工管理技師,一級造園施工管理技師
       日蓮宗 教師
現職 本妙寺 執事,ホームページ担当

 
   
       
 
 
2005/03/21更新
       
 
2005/03/21
 

春季彼岸会施餓鬼法要を終えて

        晴天にめぐまれ、無事に彼岸の法要が終わりました。
多くの参拝があり、大変にぎわった法要になったのではないかと思います。
そして、その法要に華やかな花を添えたのが、わが息子の長男(6歳)と次男(2歳)のコンビでした。長男は法要の経験は何度もあるので慣れたものですが、次男は何せ初めて衣に袖を通すのですから親のほうが不安になります。
でも、そんな不安を解消してくれたのが長男でした。長男は次男に「こうするんやで」と教えてあげていました。
やっぱりお兄ちゃんやなーと感心しました。
次男はそんな中、マイペースにのんびりと過ごしていました。兄弟ってええもんやなー。
ところで、月回向などでお参りしていると兄弟や親族での揉め事をよく耳にします。人は大人になるとずる賢くなっていくものです。いろいろな困難を乗り越えるたびに強くなる反面、ずるさも覚えます。また成長の過程で価値観の違いも生じますから、対立することもあるでしょう。
しかし親兄弟ですら仲良く出来ないのに他人となんか仲良く出来るはずがないのではないのでしょうか。戦争反対、世界平和など言うのは簡単ですが、そのきっかけは、ほんの些細な、そしてすごく身近なところにあるのかも知れません。
小さいころのように喧嘩してもすぐ仲直りをして、思いやり、思いやられるようなそんな関係になれたらいいな・・・なんて感じました。
     
       
 
2004/05/21
 
あれから1年たって・・・
       

信行道場での修行を終え1年が過ぎました。
あの頃の自分の気持ちを、1年前の「ひとりごと」と「信行道場での日記」がよみがえらせてくれます。
1年経って大きく変わったことは、社会生活という日常に染まってしまったことでしょうか。あの頃は、物欲や食欲など欲望をコントロールすることができていたように思います。今は、様々な情報や欲求に少なからず左右される毎日が続いています。
こんなことではアカンと自分に言い聞かせようとはしますが、なかなか思うようにはいきません。
そもそも、1年前に終えた信行道場での修業は、荒行のようにキツイものではないのですが、それでも「ガマン」は付き物ですので、終わったときの開放感は多分にあります。その開放感からか、「ガマン」は1年という月日の中で薄れ、消滅し、過去となってしまいました。
そんな今だからこそ、もう一度1年前を振り返り、自分を見つめなおし、行動に移す良い時期なのかな・・・。
「初心」・・・だいじですね。

 
2003/06/01
 
信行道場から帰って・・・
     

信行道場での生活(修行)は、少なからず様々なことに対して制限されるところです。その修行生活の中で、欲に対する追求が薄れたのを今ひしひしと感じています。
たとえば・・・食欲。「質より量」をモットーに食してきた生活とさようなら!
外食すると何時も「大盛で!」と注文していた私。一時はスパゲッティーを麺300g食べていた頃もありました。から揚げなら350gほどはぺろり。人間変われば変わるものです。
しかし、この食生活はいつまで続くか・・・心配です。

 
2003/06/01
 
お腹から声が・・・
     

読経の声が変わったように思える今日この頃。本当にお腹から声が出てるのか少々疑問です。

 
2003/06/01
 
信行道場で出会った人々
       

今回の信行道場は、下は20歳、上は77歳と年齢の幅が広く、また経歴も様々。捜査一課のデカ・マル暴・プロテニスプレーヤー・教師・ディーラー・ロボット研究家・植物研究家・長距離トラックの運転手・パブの店員・薬剤師・建築家・そしてランドスケープデザイナー(自分)等。その人たちとひとつの目標に向かって、年齢の垣根を越えて語り合うことができたことが今後の人生に大きな影響を与えることでしょう。

 
2003/06/01
 
お清め
     

信行道場の食後は、「お清め」という儀式があります。料理を作ってくれた人やその食事に係わる人々に感謝し、また食器洗いを容易にするという意味があります。具体的には、残しておいた漬物で器をふき取ってキレイにします。
その作法を紹介します。
1、 漬物を1〜2切れ残しておく。
2、汚れの少ない器にお茶を少しだけ入れます。
3、1の漬物で汚れを洗い落とします。
4、3でできた「洗い汁」を2番目に汚れた器に移します。
5、この器で1〜3を繰り返します。
6、同様に他の器も洗っていきます。
7、最後に出来上がった「じる」をイッキに飲み干します。
8、終了。
「じる」はなんともいえない味わいです。油の浮き方といい、カスの浮き方といい、最高です。
このお清めに慣れてくると、いろいろと工夫を凝らすようになってきます。

例)今日はカレー(肉入りではなくコンニャク入り)。漬物だけのお清めではなかなかキレイになりません。こんな時はコンニャクを残します。カレーをふき取っていくには最高の一品です。これで今日のお清めも完璧!
という具合に・・・。
しかし、私には疑問に思うことがあります。檀家さんのお宅におじゃまして食事をご馳走になり、果たして誰がお清めをするでしょうか。その家の人は「きたない」と思うのではないでしょうか。人前でできないことにいったいどんな意味があるのでしょうか。それよりも食器を洗ったほうが良いのでは・・・。誰か教えてください。
帰ってきた今はお清めはしていません。