新世紀を迎えた2001年春、世界的なテーマパーク、ユニバーサルスタジオジャパン(以下U.S.J.)が大阪市此花区にオープンした。この付近はそれまで若い人たちが寄りつきもしない工場地帯であった。それが、U.S.J.の誘致に伴い、周辺一帯を含め大規模な区画整理事業が行われ、まちのイメージは一変した。本公園の整備もその一環であり、U.S.J.のメインゲートの脇に立地している。
U.S.J.への来園者は、その60%以上がJRを利用し、ユニバーサルシティー駅からこのメインゲートに通ずる地上約7mのイーストエントリーデッキ(ペデストリアンデッキ)は、絶えず多くの人々が行き交い賑わっている。
U.S.J.という求心力のある核が存在しているだけに、来園者が本公園の存在を認識できるように配慮する必要があった。しかし、現実には西にU.S.J.、南にホテル・商業施設、北・東に工場群と、巨大・高層建造物に囲まれた東西約140m、南北約30mの細長い敷地では限界があり、最小限度の自己主張に留めておく方が賢明であると考えた。この公園が自己主張を始めれば、空間の連続性、個々の関連性が崩れ、かえって不調和をきたす。最小限度の主張と限られた施設、四季を感じさせる植栽により、効果的な空間の「余白」を創り出すことを試みた。この「余白」とは「空白」や「無」ではなく、息抜きやゆとりともいうべきもので、むしろフレキシブルで、ニュートラルな空間と考えるべきである。
本公園の存在意義を非日常のU.S.J.と日常の生活の場を往来する媒体として捉え、「余白」の中に垣間見る一定のヒューマンスケール的なリズムと調和を図るアクセントとして展開した。
また、四季、天候、夜、昼などの移ろいの景を意識し、あくまで主役となるべきU.S.J.のエントランス付近を引き立てる脇役としての空間創出を心がけた。
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