昭和47年以前の本妙寺. 山門.鐘撞堂.本堂は現在と同位置. 奥に見える木が樹齢500年ともいわれるモチの木.
   
 
 
〔通称〕角(つの)のべ寺妙見さん
  永享元(1429)年の創立。開山開基宝地院日正上人。
開基檀越地頭角先重右衛門。河内の国初めての法華道場で、七堂伽藍が備わっていたという。天文22年に京都本圀寺14世日助が天文法難に遭い当山へ逃げ延びたから、台家集が当寺を襲い、七堂伽藍の悉くを焼失した。享保6年28世久遠院日行が諸堂を再建。その後、交野市瑞塔寺、大東市善遠寺を末寺として教線を弘めた。宝暦8年に33世日演が開眼した雨乞七面大明神による雨乞祈祷が行われた記録がある。よって七面様の日(9月16日、17日、18日)には雨が降ると言い伝えられている。延享2年30世日昶の代に三十番神・妙見大菩薩を開眼。安政3年47世日舒の代に清正公を奉安。その後は文武祈願の本妙寺として参拝者が増大した。55世日軌の代に交野瑞塔寺を統合、妙見堂を新築し水屋、山門、鐘楼を再興。56世日賢の代に大鐘を復元。昭和47年に57世日治が本堂・庫裡を再建。隠れキリシタン五輪塔・歴代碑・宗祖400・500・650遠忌記念碑、樹齢500年ともいわれるモチの木がある。